日刊 鬼ノ胃 本日分はこちら |
2002年12月分(12/01〜12/31)
2002/12/20 |
文責:い70点 |
No.841 |
札幌ロイヤルホテル 北海道創作おせち料理3段重25000円 http://www.rakuten.co.jp/izumiya-ty/429815/436168/439654/ ※各お重にシュリンク巻きをして、風呂敷に包みお届けいたします。 重箱に盛り付けたまま、冷凍してありますので解凍するだけです。 ※解凍の目安:冷暗所(10度以下)又は冷蔵庫にて24時間で解凍となります。 実名入りでの紹介は如何なものかとも思ったが、このサイトの写真を使わせてもらわなければ話しになりそうも無いから記載するが、この説明書きのセンスは、私とトコトン合わないのである。 何、25000円に対して怒っているのではない。 また、盛り付けまでされたおせちなんぞ気に入らないというのでもない。 このおせちは、盛り付けたまま、冷凍してあるので、届いたらそのまま解凍することで、いちいち盛り付けの必要がないので、解凍しさえすればお召し上がれます、というのである。 ”解凍するだけ”が問題なのである。 冷凍という作業も大変神経質なのだけれども、とっても上手に冷凍してくれた素材であっても、その素材は解凍という作業次第では滅茶苦茶になるのである。 百歩譲って、素材が一品種ならまだ素人の扱いに堪えるだろう。 様々な素材を盛り付けたセットとしての冷凍食品を、”解凍するだけ”などとお気軽文句でオッシャラレテモ困るのである。 お願いだから、こういうモノは私に贈り付けないで頂きたい。 大晦日の夜には、おせちを盛り付ける我家の女ドモの”今年は黒豆上手く出来たね”なんて会話を酔っ払いながら聞いているのも味があるものですゆえ。 ところで、”各お重にシュリンク巻きをして、風呂敷に包みお届けいたします”とあるが、”シュリンク巻き”って何なのだ! |
2002/12/19 |
文責:い80点 |
No.840 |
気になってショウガナイ。 ポパイがホウレンソウを食べて元気付き、右か左かの腕に筋肉コブを作る時に流れるファンファーレのような音楽のメロディーが浮かんでこないのである。 かつて、我々の世代が中学高校生の頃(ま、30年前と考えてくれれば良い)、盆・暮れ・正月に”懐かしのメロディー”などと称して、ギブソンを抱えて”オッス”などと挨拶して登場するおっさんとか、”庄司”ではない漢字を使って”しょうじ”と読む名前のおじさんが歌う唄を、懐かしそうに聞き惚れる親の姿があった。 今や、私の世代は、盆・暮れ・正月といわず日常的に”懐かしのメロディー”特集番組を与えられている。 困ったことに、”カバーシングル”などと称して、我々の唄であるべき曲目が、これでもかというくらいに編曲されて(実は、本来の意味での編曲ではなく、歌手の技量で違う感じに聞こえるだけだったりするのだが)あたかも新曲の如く最新のヒットチャートを飾る。 悪いとは言っていない。 ファッションの世界では、その世界の人間だと称している輩は馬鹿ばかりだから完全に開き直っていて、”流行は繰り返される”などとノタマって平気な顔をしている。 オイオイ、君等は流行をリードしているのではないのかい? この業界に関しては、全く理解したくない御仁ばかりなので言葉が止まらない。 その顔・姿かたちでは、ドレスを見栄え良くしなきゃと思ってその世界に入ったのだろうなとしか考えられないデザイナー姉妹とか、およそ美しいという概念と対極にあるとしか表現できないスタイルの”ドン”なんて接頭語を付けている服飾(古い!)評論家。 見苦しいのである。 もっとも、これら全ての私の情報源はテレビジョンである。 ”敵わない”姉妹なんて化石が、1シーズンで出現しなくなるかと思えば何年も生き残っているところを見ると、考えてしまう。 地上波以外の衛星波とかケーブル網(インターネットを含む)の新展開によって、情報を流すことで飯を食っている業界では、流すことの可能な情報量が飛躍的に増加したために、そのコンテンツたる番組の質がレベルダウン(今までだって大して高くは無いのに)してしまっているのであろう。 この30年間で、もしかして僕たちは何等進歩していないのではないのか? この疑問が空しいことは知っているつもりであるし、これを量るモノサシを求めて毎日精進しているつもりではあるのであるが、如何せん進展が無いのである。 この30年間だけだったらまだ救われる。 人間の歴史全てだったりして。 |
2002/12/18 |
文責:い80点 |
No.839 |
化学者と出会って、触媒の働きについて知る。 何、ある人の本を読んだのである。 現在では、経済学者と認識されている方である。 現在の経済学は、”複雑系”などと称して、熱力学の第一・第二法則に倣って書き直し作業が急なのである(ミクロは固より、マクロさえその動きである)。 そして、この作業のために、物理学者・化学者といった分野に属する学者達が経済学に興味を持ち、また、実際の貢献が為されつつあるのである(らしい、と書くべきなのであろうが、断定口調の方が本当らしいであろう)。 長い間解かった振りをしていたが、私の”触媒”なる物質についての理解では、どうしても他人に説明など出来ないモノであった。 それが一気に解かった気にさせてくれたのである。 貨幣論に関しての記載項において、まさに目から鱗なのである。 何故、”物々交換”は効率的でないのか。 更に、古代、私のようなモノグサ人間でも食料にありつくことが出来たかどうかの疑問を解き明かしてくれもした。 そんな解説の中で、化学者の目で見た”触媒”観を披露してくれたのである。 具体的なことを書いてもしょうがないから割愛するが、要するに、分野を異にする事柄に対して積極的に参入することは、参入される側にとって有意義である場合が多々あるのではないかということ。 で、この際ついでに数学や統計学などで使用する”パラメータ”についても、説明上手に会って積年の疑問を解決させたい。 |
2002/12/17 |
文責:い60点 |
No.838 |
さて、今日も困っているのである。 来年の正月の朝一番で飲むことになるお神酒の銘柄を決めかねるのである。 お神酒であるから、燗酒にする訳にはいかない。 常温で飲むことになるのだから、我が家の座敷に放り置かれて夜を経て、当日朝6時頃には液温何度になっているかが問題となるのだ。 来客用の酒は決定した。 ビールのお客様は”エビスビール”。日本酒のお客様は”磯自慢”純米のぬる燗である。 ただし、可也厳しい数量制限があるので、元旦から訪問してくれない限りはこの酒にはありつけないと心得るべし。 逆に言えば、三ヶ日あれば私一人で処分できる程度の量なのであるから、01/04以降に来てくれれば、これ以外の酒種に出会うことができるでありましょう。 それら(複数であります)の銘柄は秘密にしておきます。 客の顔によって選んで差し上げるのである。 あいつにコンナ酒飲ましちゃ勿体無いという輩がいるからである。 書きそびれたけれど、焼酎はあります。 正月はワインは出しません。 ウイスキー・ブランデーの類も出しません。 酒以外の飲み物としては、オレンジヂウス・ミネラルウォータ・ウーロン茶・牛乳はあります。 アップルタイザーはありません。 なお、氷はあります。 さて、問題解決に戻ろう。 私は、2003年最初に飲む酒をどの銘柄に決めたらよいのだろうか、であった。 この悩みを解決するために、今年中に幾多の銘柄を飲み比べなくてはならないのである。 斯様に暮とは忙しいものなのである。 |
2002/12/16 |
文責:い80点 |
No.837 |
刑事事件裁判における”疑わしきは被告人の利益に”の原則は、何処に仕舞い込んだのか。 昨日カレーを食った。 砒素は入っていなかったらしく、我が家では平穏な月曜日が到来した。 ”平穏”の意味するところは、複雑である。 あの事件でマスコミは、検察が起訴する以前に、特定の人物に密着した。 独自の現場調査でその人物を特定したのではなく、警察が漏らした情報を得たからである。 被害者の家族などは、死刑判決を待ちわびたと言った。 しかし、あの判決文で林某を犯人と特定するに充分と考えるのだろうか。 ある時点から、犯人は林某であるということは所与の事柄であると決定して、量刑が問題であるとの裁判になってしまったのではないか。 ”想定した(臨場の)人々の中では、この人以外にありえない”という推定は、”(警察・検察の)想定していない人が犯人であることを排除しないのである。 この判決を聞いて、私は何時被告人席に座らされるか心配になるのである。 その場で、次の様に言われるのである。 お前がやったとは言わない。しかし、お前以外がやったとは考えられないから、お前が犯人である。 念のためだが、本来、被告人にされた自分は、自分が犯人で無いという証明は必要ない。 私を犯人であると決定付ける証明を検察が成して、初めて私は犯人たる資格を得るのである。 最近の裁判は、自分が犯人で無いという証明を求めているような気がするのである。 この証明は、相当難しい。 |
2002/12/13 |
文責:い80点 |
No.836 |
年金制度は全国一律なのに、国民健康保険制度が市町村別に運営されている意味が解からない。 住所を根拠にした市民という捉え方をした市町村行政は変化しなくてはならないのではないだろうか。 とまあ、保険について様々な意見があるのであるが、今日は生命保険と車の保険とについて少しばかりなのである。 テレビ・ラジオで保険の勧誘が頻りに行なわれている。 本当に大丈夫かと危惧するのである。 車に代表される所謂損害保険(一般人に関してであって、本当に代表すべきは、現在でも船舶関係保険であるらしいが)は、基本的に単年度会計基準であるからあまり心配しなくても良いのかもしれない。 保険の安売りも、経費節減効果の範囲内のような気がしないでもないからである。 損害保険は、これから先も事故率を低下させることにより、基準としている事故率との差を利益に取り込むことができるだろう。 事故支払額が余りに増えそうになると、引き受け会社と契約者との見解の相違を裁判により、引き受け会社有利になるように導く戦略も採用できそうである。 しかし、生命保険、特に終身保障の生命保険は話が違う。 人は必ず死ぬのである。 集めた資金の運用益が著しく大きければ心配はないが、現在そんなことを期待している事業会社は無い。 ここ数年目立った募集をしている外資系の保険会社の商品では、手元の計算機で計算するというアバウトな計算をしても、破綻するしかないことに気付く。 もちろん、この先10年や20年は何とかなろう。 現在加入する人の平均的な年齢層が70歳を超えるあたりからは、経常的に資金不足となろう。 いずれ、複雑な説明をしても同じ事なので略すが(こういう誤魔化しの手法は、政治屋さんがシバシバ用いるので注意)、いかがわしい商品を餌にして出資を求め、資金を掻き集めてじきに破綻し、出資法違反で摘発される団体と何等変わりが無いとしか思えないのである。 |
2002/12/12 |
文責:い90点 |
No.835 |
生まれた家は農家ではなく、もちろん自分は職業としての農業に従事していない人々が、農作業に興味を持ち始めた。 以前から、田舎は良いよね、私も野菜でも作ってのんびり暮らして行きたいなどと口に出す人は大勢いた。 野菜を作って暮らすのが”のんびり”しているとは、甚だしい誤解であるが、これはまあ置いておく。 最近の傾向としては、実践する人が矢鱈に目に付くのである。 目敏いディレクターがこの傾向を取り入れたのだろう、日本テレビの”鉄腕ダッシュ”内の”ダッシュ村”が人気だという。 我が家の子供たちも好んで見ている。 この番組を見て思うこと。 経済性を無視した田舎暮らし実践は、果たして過疎に悩む田舎の活性化に貢献できるかどうかなのである。 かかるテレビ番組は、もちろん、田舎の活性化なんぞを考えた訳ではないだろう。 実際には、必ずしもそうでなくも無い節もあることはあるのだが、マスコミ報道会社にそんな良心を期待すると、後でトンデモナク痛い目にあわせられることになることが多いので止しておくのである。 で、過疎に悩む田舎の活性化を本気で考えてみたいのである。 無論、商売ベースでなければならない。 農協は、”農業従事者の協同組合”ではなくなって久しく、原点に戻ろう等という意見を無視し続けさせられる(誰によってかは、考えて欲しい)団体になっているから、仲間に入れてやらない。 土地(田畑)の所有者は仲間に入れる。 その相続人と思われる人も誘いたい。 何より、その地域にシガミツイテ生活している人は必須である。 都市は、商品(そう、区分すれば、財・サービスでありました)を供給しようとする人々と、消費するために商品に群がって来る人々とで構成されていれば良い。 だが、農業共同体では地域の住民とそこを訪れる人々(居住地はべつにあって、ナノデアル)とが、明確には区別できない役割を担わなければならない。 さて、話が面白くなってきたとオモイマセンカ? |
2002/12/11 |
文責:い80点 |
No.834 |
”中古”という単語に引っ掛かる。 ”新品”と対の言葉であろうから、”中古品”の略なのであろう。 ”新品”は”新”とは使用しない点が興味深い。 後に”車”が付く時には、”中古車””新車”と使用するが、”PC”を付けて”中古PC”とは使用しても、”新PC”では意味が異なるのである。 この場合は、新型のPCを表現する様子である。 で、”新品”に対となる”中古品”とは、どんな意味なのだろうか。 自分の車は、10年経過しようが20年経過しようが、新車で買って乗り続けている限り”中古車”ではない。 ”中古品”を名乗るには、あくまでも、誰かが一度使用したモノを業者が買い取って、再び売りに出したモノでなければならないのである。 oldではなくて(ある意味usedでもなく)、secondhand(この原稿のお蔭で、second handは秒針であることを知った)なのである。 逆に、バツ1・バツ2なんて表現は無くて、何度業者を廻っても”中古品”という名称で括る。 京都には”にばんやはん(二番屋)”が在ったという。 主に絹糸を扱った。残り糸・余り糸の中古品を商うのである。 西陣などの織屋が買い手で、売り手は一般人業者を問わず10cm程度の糸キレから持ち込まれたという。 この二番屋で購入した糸は、そのままの形で再度販売されることは無いのであって、パーツとして利用されて”新品”としての商品の一部となるのである。 色々書きたいのだけれど、一番注目すべきは此処なのである。 中古品を業として扱うには、確か警察が管轄官庁である古物商の許可が必要らしい。 私は、警察という言葉に、ちと敏感に反応するのである。 さて、中古品であるパソコンを売ることになったのである。 会社として経理するのだけれど、我社の場合、業としてなのである。 定款には、雑多に書いた事業目的に”コンピュータの販売”を謳ってある。 どうしよう? |
2002/12/09 |
文責:い90点 |
No.833 |
当方は四輪駆動なのである。 そして、スタッドレスタイアを装着済みなのである。 なに威張る話デハナイ。昨年からずっと履きっ放しなのだ。 しかし、まだまだ機能は充分に果たしている。 イキナリの雪。 気象予報士は、もう少しすまなそうな顔をして朝の天気予報をすべきである。 昨日の予報では、今日私の家の近辺に積雪があるなどとは一言も言っていなかった。 で、私は比較的雪道に自信がある方なのである。 四本のタイアは確実に雪をグリップしている。 従って、ブレーキを掛けると、止まる前にズズッと滑っているかのように前進する。 そう、これこそ確実にグリップしている証左である。 転がり摩擦が不足して雪の上を滑るのとは全く異なる感覚が、ブレーキを踏む足に感じ取ることができる。 雪を食いちぎっているのである。 ところが、雪に慣れないドライバー達と同じ道路を走行しなければならないのだから話はヤヤコシイ。 上り下りの坂道を精々雨降りと同じくらいの緊張感で走行してしまうと、後ろに付いた車の運転手は、自分も大丈夫だろうと私の後ろを精々雨降りと同じくらいの緊張感で走行してしまうのである。 この事態がどれくらい危険かというと、私の血圧を50mmHg上昇させるくらいに危険である。 私がグッとブレーキを踏んだら終わりである。 私のことを信頼して、自分の状況を知らずに運転しているドライバーはヒトタマリモ無い。 この時、私の車にぶつからなければ別に構わないのであるのであるが...。 ところが、確率からいくと、自爆してくれないで、概ね我車に追突する。 この事態は好ましくない。 よって、私はフル装備でいながら、後輪しか駆動しない、それもタイヤ径の小さい溝も減ってしまったノーマルタイアを装着した車と歩調を合わせるしかないのである。 否、むしろ、かかる人々よりも更に慎重に運転していることになるのである。 私は他人を信用して運転するほどお人好しでは無い。 で、もしも追突(追突以外でも、雪による操縦不能による事故)された時、私の車が”四輪駆動・スタッドレスタイア装着”という事実が私にとって何等か有利な材料になるのかどうかというとそうデハナイラシイノデアル。 変じゃないか? |
2002/12/06 |
文責:い50点 |
No.832 |
今のところ、何方も見つけてくれないので(連絡が入らないだけと思いたいのであるが)、書いてしまう。 我HPのコンテンツ”今週のなんかの記念日” http://www.kinoi.co.jp/thisweek/kinennbi.htm 今日(12/06)の記載を確認ください(ただし、12/08まで掲載。その後は翌週分に変更される)。 とまあ、幾つになっても良いものなのである。 本日、これにて終了。 |
2002/12/05 |
文責:い70点 |
No.831 |
利き酒を真面目にやってみたのである。 どういう意味かというと、微妙に喉越しを味わうのだけれども、胃には達しない程度にして、全て吐き出すのである。 酔っ払わないようにという配慮なのであるが、実際には酔うのである。 一つの銘柄につき少量とは言え”飲ん”でいるのであり、その種類が多いのである。 掛け算の世界は、ゲニ恐ろしいものなのである。 ところが、飲酒で”酔う”のとは、どうも様子が違うのである。 ”酔う”とは、如何なる工程を経て達する状況なのかを存じないが、一般には、胃や腸からアルコール分を吸収することが最初なのではないかと考える。 しかし、当然一部は口の中の皮膚からも取り入れられるだろうし、呼吸によって肺からも吸収されるだろう。 私の母親や妻は、料理鍋に入れた酒で調理中に酔っ払うことがあったと聞く。 ただし、酔っ払うという状態を正しく認識しているかどうかは疑問であった。 飲酒による”酔っ払い”を経験していないからである。 幸い私は、飲酒による”酔っ払い”を経験している。 でもって、飲酒ではない”酔っ払い”を経験したという次第なのである。 どうやって表現したら良いのか困っている。 推測なのであるが、飲酒ではない”酔っ払い”は、部分麻酔による状態に近いのではないか。 またまた、ところが、なのである。 此処に不幸があって、というのも、私は麻酔の経験が無いのである。 もちろん麻薬の経験も無い。 足元はしっかりしている自信がある。 しかし、喋り捲っているところを見る限り、酔っている。 面白くないギャグが出ているから明らかである。 次回同様の試みをするときには、血中濃度を計測してみようと思う。 喩えが悪い(そう、またまた批判に答えなければならなくなるかもしれない)が、明らかに風船では基準値を超えているが、血液判定では全くそんな気配も無いという感じなのである。 |