伝達について。 麻酔に関する講義を受けた。
講義は、少し威張りすぎている。お話という程度である。そんなつもりで、お付き合い願う。 聴覚や視覚といった痛覚以外の感覚は、それ専用の感覚器官がある。
そして、感覚器官が情報を神経に伝える。
神経は流路となって、脳まで情報を運ぶ。 これに対し、痛覚は、知覚神経抹梢部と称する神経の先端そのものが、直接”痛み”という情報を得る。
専用の感覚器官がないけれども、全身に情報収集器官がある。
(逆に言えば、専用の感覚器官は、神経の先端が特化したものと考えると、むしろ理解しやすい。)
それから後、神経を流路として情報を伝達するのは同様である。 麻酔という工程は、痛覚という感覚を脳が感じないようにすることである。 いわゆる局所麻酔の第一法は、手術などをする部位にある神経の先端を麻痺させて、”痛い”という情報を発生させなくする。
この場合には、そもそも”痛い”という情報は存在しないことになる。
先に記述した通り、他の感覚のようには専用の器官がないから、この麻痺させる部分を一部に取るという意味で”局所”の麻酔である。 局所麻酔の第二法は、脳と痛みを感じる神経の先端との間のどこかを、機能させなくする。
この場合には、”痛い”という情報は存在するのである。
しかし、情報が途中の経路で遮断され、脳に至ることがないから、人間には”痛い”と感じ取れない。
どの経路を遮断するかによって、”痛い”情報発信基地を機能させないことにするかを絞り込める。
かかる意味で、この第二法は伝達麻酔と称し、局所麻酔の一つに数える。 部分を集めたのが全体(部分の総和は全体に等しくない、という不思議な論理はあるが、ここでは考慮外)であるから、全身麻酔は、部分を沢山拾い上げて処理すればよい。 しかし、もう一つの方法があることに気付いただろう。
脳を機能させないことで、”痛い”と感じなければよいのだ。
情報は、最終段階の脳まで達しても、脳が麻痺され機能しないと痛みを感じない。 景気動向調査で、時々、従業員300人以上の企業に聞き取り調査が行われる。
各企業は、情報を調査機関に送る(情報の発生)。
調査機関は、その情報を纏めて情報処理機関(官庁)に伝達する(情報の流通)。
情報処理機関は、集められた情報から現在の景気を判断する(情報の処理)。 情報が限定した場所から得られている。特定の感覚器官を利用していることの是非。
情報を誤って伝達する。特定の情報を得るために、集めた情報をフィルターにかけることの是非。
情報処理を偏向したファンクションに依る。特定ファンクションの選定の是非。 人はときに滅茶苦茶な行動を採るように見える。
右の頬を殴られたとき、この痛みを忘れたいために、左の頬を差し出して、今一度殴られるという選択をする。
今度は、左の頬の痛みは、他の何かによって紛らわそうとするのだろう。 こうならないようにするには、最初に右の頬を殴られなければ良い、という学習だけはお忘れなく。
”痛い”という情報の経路を遮断するという選択は、間違ってもしないように。
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